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チョット中休み エッセイvol.18 

スタートの気楽さを女性にプレゼント

~マイペースはアナタペース!? ②~


3年ほど前のスロー・フォックストロットの
パーティ・デモでミキヒコさん、
観客からの面白いコメントをもらったんだな。
そのコメンテーターは、
ダンス歴ウン十年のベテランさん。
アマチュアの競技会で審査員をされているような方なので、
生徒サンのみんながイチモクおいている。
そんな方が、
当時「ダンス初心者、指導要綱」の教えに従い、

独自の道
(ホールドのカタチを作らない・
フットワークはナシみたくフツーじゃない路線)

を歩んでいたミキヒコさんのダンスについて
「僕はミキヒコさんのダンスが好きだ」
なんて言ったもんだから、一瞬会場は騒然。
みんなのミキヒコさんを見る目が明らかに変わったわね。

さらに注目すべきは、
ミキヒコさんのダンスの一体どこが好きなのか、
という理由の部分だ。
「すごく、マイペース(笑)女性をほったらかして、
自由に、好き勝手に踊っている」

言葉だけを見ると
「ん? ソレって皮肉?」
という感じがしないわけでもないが、
コメントしている時のカノ氏のにこやかフィーリングから、
決してそうじゃないってことが伺えるわけよ。
言い換えると、
「至近距離で組んで踊ってるのに、
よくアソコまで、女性を気にせず自由に踊れるナァ。
ホント、うらやましいよ」

ということだろう。

ちなみにミキヒコさん本人は、
「女性のことを
ほったらかそうとしているわけではないが、余裕がない。
自分のことを一生懸命しているだけ」

と、汗いっぱいで苦笑。

では、一緒に踊った女性はドウだったかというと、
「踊りやすい。
気楽に好きに自分のことができるから」

と言う見解。

ね、面白いよねぇ。
何が面白いのかって言うと、
男性がソレほどまでに、
好き勝手に踊っているにもかかわらず、
一緒に踊った女性からも、見ているものからも、
GOODな評価を得たという点だ。

女性はさらに言う。
「ミキヒコさんは、柔らかいからイイワ」
つまり、ホールドが柔らかいため相手を縛らないんだ。
結局はそのオカゲで、
自分も女性にバランスを取られることなく
自由に踊れたってワケだろう。

相手に自由をプレゼントする

そうすることで

自分も自由になれる・・・

ソレは、

社交ダンスの新しい形態

かもしれない、
ソウ思うのだ。
リード&フォロー・二人で組むことの意味にこだわりすぎ、
不自由になっているダンサーにとって、
コレは新しいコミュニケーションへの
アプローチじゃないだろうか?

自由になるために、解放されるために、
その気分の良さを知るためにダンスをやっているのに、
いつしか不自由を押し付けあっていることに
気が付かないでいる。
そのことが、お互いを縛り、実力を出せずじまいにし、
結果、目指すダンスパフォーマンスも
手に入れられてはいない状況ではないだろうか?

・・・ってなことを、いつも思うのが
“スタート”を生徒サンに教えているときなんだ。
カップルレッスン、グループレッスン、
また、競技選手、社交ダンス愛好家
問わず、
「スタンダードのスタートって難しい」
と言う声をよく聞くわけ。
コレは重心移動ってなテクニックをものにするのが
困難という理由もあるのだけれど、
ワタクシ思うに
「女性がもっと積極的にスタートを切った方が良い」

でも、興味深いことにレッスン中にいくらソレ
(女性が積極的にスタートを・・・)を促しても、
ナカナカ上手くは行かない。
スタート時、
女性が“男性”から解放されていない人が多いからなんだ。
「勝手に下がってはいけない」
「立ちふさがってもいけない」
「トップ(頭)は男性から離れないといけない」
「男性のリードを感じなきゃいけない」

スタート時、女性は多くのジレンマを抱えている。
後ろ向きに動き出す、それだけでもストレスなのに。

といえば、男性諸君からこういう声が上がるかもしれない。
男性だって大変なんだよ。
ちゃんとスタートを切らなきゃいけないから。
すごくテクニックが要るんだ。

「大変だ」と気持ちが即座に相手に伝わり
またお互いを楽にしてあげていないんだ。

もっと

気楽なスタートを女性にプレゼント

できないか、
ソウすれば、男性も気楽になれるから。

そのヒントをミキヒコさんがどうも持っていたで・・・



      続く 第834話へ





Real Junko Voice

「もう一つの学連物語」
vol.22 ~ 切り札・無効 ~
 
ふと気がつくと、時計は午前1時を回っていました。
頭がさえて、どうも眠れそうにありません。

ワタシは、3ヶ月前“その人”と決別したときとは、
また種類の違う辛さがこみ上げてくるのを感じていました。

あの時は、まだ“余地”があったんだと知りました。
今すぐは元に戻れない、でも、この先ひょっとして・・・
という思いが自分の中に存在していたということです。
なぜか?
ワタシには“切り札”が残されていたからです。
いえ、実はそんな風にはチットモ思ってはいませんでした。
でも、“その人”に愛する彼女ができたという事実を突きつけられたとき、
分かったのです。
自分が“切り札”を持っていると思っていたこと、
そして、その“切り札”がアル限り、がんばっていれば、
また「愛の復活」がやってくるのではないかなどと安易に考えていたことを。

“切り札”とは、すなわち、ダンスです。
“その人”と一緒にやってきた“仕事”であり
学連の時から二人を結び付けてきた、
いわゆる“絆(きずな)”でもありました。
そういえば実家の母が、
ワタシと“その人”とダンスの関係を、よくコンナ風に表現していました。
「あんたら夫婦にとっては、“子供”みたいなモンやからネェ」
父も、
「ソウだ、そうだ」
というようにうなずきながら
「ダンスもだけど、生徒サンのことを大切にしろよ。
“生徒サンは神様です”ってな。
習ってくれる生徒サンがいてこその、先生なんだから」

二人で育ててきたダンスという“子供”、
そして多くの生徒サン・・
ワタシとのホンキの決別、
イコール、それらのモノとの永遠なる決別にもなるわけです。
心の奥底で「それは、できないんじゃないか」とタカをくくっていました。
夫婦という関係に戻れなくとも、
ダンスのパートナー・仕事のパートナーと言う道が残されている、
ソウ思っていたことにもなります。

もちろん“その人”が、
「もう自分はダンスをやっていく気がない」
と言う言葉を最後まで撤回することなく、
去っていったということも事実です。
だから“パートナー”としての復活の可能性は、
もともと、ものすごく少ないものではありました。

しかし・・・
あぁ、つながっていた細い“生命線”が、ついに、消えた。
そんな感じでした。

ワタシはパジャマを脱ぎ捨て、でかける支度を始めました・・・



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