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特別シリーズ 
社交ダンスが教えてくれたこと 人間美学そして哲学vol.4 

中途半端自己チュウは

“ナンちゃって教え魔”に!?


目指せ!?究極の自己チュウダンス ⑥


ホントのところ、人間って
自分のことが、
一番よくわかる仕組みにできている。
って言うか、最終的には、
自分のことしか絶対わかんないてゼってこと、
ダンスが上達すればするほどに
実感できるようになるのよね。
ナゼってね、
カラダは一人ひとり全部違うんだもん。

例えば、 さぁ、これから踊るぞ!
ってなった時の“身体操作感覚”を
「まず、カラダが安全確保のための腹横筋で
“ギュギュギュッ”って締め、
ついで、背骨に絡んでいる筋肉が
“キュイキュイキュイッ”って、
カラダを垂直に引き上げる」
なぁんて伝えても、その実感の生ナマしさは、
そりゃぁその本人にしかわかんないでしょ?
な、わけよね。

「イヤァ、僕の腹横筋は
“ギュギュギュッ”じゃなくて、
横から締め付けるような
“クィクィクィ”って感じなんだけど、
ソッチのほうが正解じゃない?」

とか
「腹横筋ってすごく深部の筋肉だから
私はもっと奥の方から
“グーッ”って感じが、正しいと思うけど」

みたいなことで言い争いになっても、
「そんなん、人それぞれ
カラダも違えば感じ方も違うんだし、
“ギュギュギュッ”でも“クィクィクィ”でも
“グーッ”でも別に良いんじゃないの?」
で、まずは落ち着くってモンでしょ。 

ところがデスよ、
中途半端な自己チュウの人は、
妙な自信を持っていたりする。

自分が正しい!って思い込みから、

「かわいそうに、知らないのねぇ。
正しいことをちゃんと伝えてあげなきゃ」
とばかり、こんなことを言い出すんだ。
「あのね、いい?腹横筋ってのはね、
腹式呼吸するときの筋肉だから
息を吐くときみたいな
“フーッ”って感じが、正しいんだよ」

で、
「フーッ」しかダメ!
「フーッ」ってしなさい!
と教え始めるわけよ。
個人的見解を普遍的基準にすり替えている
なんてことも、当の本人はお気づきでない。
で、
人に教えながら、
「ウーン、われながらイイコト教えてるじゃん
自分が悦にはいっちゃったりして・・・

こういう感じでの
“人に教授する”って行為が前号のラストで言った
「中途半端な自己チュウになると、
気がつかない間に、
ホンマ可笑しなことをやっていて、
相手さんにはご迷惑だし
何より、本人が一番苦しむからね・・・のトアル具体例」
なんよ。

ダンスの世界には俗に言う
“教え魔”って存在がありまして、
そうなっちゃう動機には、
サマザマな深いモンがあるようなんだけれどもね。
(教え魔問題についてはまたオイオイとりあげまーす)
「自分のテクニックや知識を見せびらかせてやろう」
とか
「自分ができていない分、
相手のダンスを変えたくなって教える」

とかいった
“いただけない動機”からのモンだけではなく、
上記のような、どちらかといえば
“善意”
「この人、知らないみたいだから、
教えてあげよう」

ってココロから思ってやってあげてる

“ナンちゃって教え魔”

な人も多いみたいなんだ。

ビギナーを脱出したばかりで、
「ダンスのこと、チョイわかってきました!!」
って人が、勇み足で、
「自分の知っていることを伝えてあげたくなって」
やっちゃうケースも多いんだ。
ヤッカイなことに、そういう人は、
自分がオカシーなことをしているとは
気がついてはいないばかりか、
「“教え魔”ってカッコ悪いし、
アレは絶対に迷惑だ」

なんて、日頃は
“教え魔批判側”の人も結構いるんだよねぇ。

この“ナンちゃって教え魔”は、
究極の自己チュウダンスを体現している人、
またはそれへの道を歩いている人には見当たらない。
なぜって、

自分の成長について

取り組むことで精一杯


人のことなどかまっていられない
という心境にいつもいるからだ。
もしくは、
ダンスの中で自分が変化していくことの
困難さを熟知してるため、

表面的なことをササッと

アドバイスしても

相手をかえって混乱させるだけ


だって分かっているので、
あえて、言わない。
または、
相手から

「教えて欲しい」と

頼まれた時のみ


本当に相手のためになるようなアドバイスを、
慎重に伝えてみる・・・にとどまるモンなんだ。

先の“腹横筋の感じ方”についても
「あなたはどう思われます?」
という問いに
「人それぞれ違うだろうから、
感じ方自体は、
ドレが正しいと言うのはないと思うのですが・・・
ヨリ味わい深く、
しかも無理している感じではなく、
むしろ心地よい感じがし、
締めたことによって、
踊りたいっていう
意欲の湧き出てくるような感じが、
ベストかなと思います。
なぜなら、腹横筋は天然のコルセット。
自由をなくすためにアルものではなく、
安全・安定を手に入れることで、
ヨリ自由を手に入れるものであると思いますので。
自分としても心地よく締まるって
感じを目指していますよ」

なぁんて、
対立を起こさない普遍的な答えが出るようになれば、
自己チュウダンサー超上級者ってことやろね。


ちなみに、
“ナンちゃって教え魔”になっちゃう、
中途半端な自己チュウさんは、

ココロもカラダも

ダンスレベルがまだまだ低い


のかもね。
ダンスレベルが低いって、
自分に自信がナイってことでもある。
だから、例の“腹横筋の感じ方”についても
「自分は“ギュギュギュッ”だと思っていたけど、
“フーッ”って感じる人もいるんだねぇ」
と、愉快になり
「私が知らない世界を知っている人かも」
と好奇心をもち、
自己の世界観の広がりとして受け入れる・・・
なんて余裕が持てないのよね。
自分の「コレが正しい」と持つのはいいんだけど
「アンタのはおかしい」
と言い張っちゃって、
威圧的に教え始めたりすることも。
ってことで、
ますます自分の視野を狭くしてしまい、
自信が持てない人になっていっちゃうんだよな。
究極の自己チュウを歩もうとしている人は、
いい意味で貪欲だから、
自分とは違う意見を持っている人にも、
進んで耳を傾け、
良いものは自分のものとして消化しちゃうんだ。
つまり、
ズーッと“ギュギュギュッ”だと思っていても
実際試してみて
「お、なかなか“フーッ”もいいネェ。
呼吸をより深く感じるようだ」

と分かるや、
自分の“腹横筋の感じ方”に、
新たな感覚を加えていく。


さて、
人間はすべて “個性的”である。
一人として同じ人はいない。
自分が感じていることを、
相手が全く同じと感じることは、まず、ナイだろう。
ってことは、
社交ダンスって行為自体が、
すっごく難しいってことよね?
真にお互いを理解できないもの同士がくっついて
ひとつのことをやっていくんだモノ。
だからといって
「いくらがんばったって
自分と相手とは違うから、最終的には、
それぞれ勝手にスりゃいいワケよ。
必要なのは“あきらめ”“妥協”
・・・だってソウしかできないんだもん」
で、終わってしまってはあまりにも寂しいではないか!?
相手のココロ・カラダを少しでも正しく理解し、
仲良く楽しくダンシングの道はないのか?
の、多いなる手がかりとなるのが
実は“究極の自己チュウダンス”なんだ。

究極の自己チュウダンスのススメの
最大の理由がココにあり・・・
ってことで、いよいよラスト
第444話
“良い自己チュウ”の目的、目指すもの

どんな相手とでも仲良く楽しく

音楽に乗って踊れる


を今一度考えていこう。



      続く 第450話へ



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