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チョット中休み エッセイvol.85 

希有な軸

~アナタに出会えて良かった(8)~


“お母さん”について、もう少しお話ししたい。
2616話にて、次のような紹介をさせていただいた。
「“お母さん”83歳。
とても、若々しい。
小柄でいらっしゃるが、静かなるパワーを感じさせる。
ワタシが、知りたかった“源泉”が、見つかった想い」

ここでいう、源泉とは?
一体、ワタシは“お母さん”にナニを観たのだろう?

源泉とは“モノゴトが発生するみなもと”だ。
つまり“生み出すこと”
転じて“母”とも言える。

そう、ワタシもヒデ君同様、
「Hさんの“お母さん”に、
ホンモノの“母の姿”を、観た」のだった。
(第2617話参照)


ホンモノの“母の姿”とは?
について、ここから少し、
ジュンコ・ダンス的見解でお話しさせていただきたい。

火葬を待つ間での会話で、
“お母さん”に惹かれたワタシは、
“骨上げ”に向かってからも、
“お母さん”のことが、とても気になっていた。
自分の愛息の“骨上げ”をしなければならないという
“現実”に焦点を当てれば、
胸が締め付けられる想いになる。
が、ふと“お母さん”の存在そのものに、
フォーカスをチェンジすれば、
様子は一変、
ワタシは “お母さん”を
ジッと魅入る世界に入って行ってしまったのだ・・・

“骨上げ”のやり方を
係の方から聞いている時の純粋な真剣さ。
“作業”を見守るその目は、
学び心が活発な小学生のような、清い眼差しなのだ。

動きの機敏さ。
フットワークの軽さ。
「よっこらしょ」という感じがまるで、ない。
予備動作が少なく、いきなり動き出せる感触。
動きの気配は、静かで柔らかだ。

見事な立ち姿。
リキミなく、ストン。
太もも前面ではなく、
ハムストリングス(太もものウラ側)で立っている感じ。
コレは、武道の達人の立ち方ではないか!?
発見した・・・

「スコンと軸(じく)が通っている」

軸とは、カラダの中心を貫く“線だ。
ダンサーにとって、
非常に大切であることはいうまでもない。
軸を正しく通すためには、かなりの修練が必要だ。
肉体的操作だけでは“もどき軸”になりやすく、
音楽や相手とのコミュミケーションを問われる
社交(競技)ダンスでは、
(もどき軸)は、通用しない。
真ナル軸を通すには、精神面、
さらには、生き方、あり方までの修正が必要となる。
軸の本体は“意識”であるため、
真ナル軸の形成には
肉体的修練よりも
精神的修練からの強化の方が、上手くいく例が多い。

そういったわけで、
特に肉体的な修練ナシで、
意識の持ち方次第で、軸が通ることは、あるし、
また、生き方、あり方の集大成として
見事な軸を通している人も、稀(まれ)に、いる。
“お母さん”が、そうだった。
“お母さん”の立ち姿に、
その希有(けう)な軸を発見したのだ。
そして、これこそが、
ホンモノの“母の姿”なる所以・・・

「軸が通っている」ことが、
なぜに、ホンモノの“母の姿”につながるのか
疑問に思われるかもしれない。
が、軸こそが
“母”
つまり、モノゴトを
“生み出す”ための、正しい“姿勢”の基盤なのだ。

面白い話を紹介しよう。

カラダに子どもが宿る、
つまり、母にナルと、
おのずと軸ができるというのだ。
お腹の中にある小さな命を守るという、
精神的作用が軸作りのきっかけとナルのだ。
しかも、出産が近くなるにつれ、
その軸は、発達し、安定を増すという。
軸のオカゲで、出産のときに赤ちゃんは、
産道を通りやすくなり安産となる。
これは「子どもとお母さんの軸が一致する」現象であり、
良い軸であればあるほどに、
子どもは、スムーズに生まれることができるという。

思うに、
母なる強さは軸にある・・・

子どもを無事生み終えた後は、
軸は消失するらしいが、
“母”になっただけで、
誰にでも軸が宿るとは、驚きであり、
非常に興味深いと思う。
体内に命がある間、
母は子どもに、自分のカラダを通し “栄養”を送り
そして、自分のカラダでもって(命を)守り続ける。
言わば、その無償の愛の行為と軸の形成には、
密接なつながりがあるようだ。
ズバリ言えば、
無償の愛から軸は生まれる・・・

ダンスで目指すべき軸もそうであるべき、
だとは思っていた。
しかし、現実として困難さも感じていた。
見本となるような軸が、ナイ。
無償の愛とまではいかなくても、
愛から生まれた軸でさえ、
なかなか見つけることはできない。
特に、ダンスの世界では・・・
ところが、
そのような希有ナル軸の存在を
思いがけず“しばてんの里”に見つけたというわけだ。

ヒデ君は言った。
「かっこええ、立派なお母さんやな、
と、感じていたけど。
ソウか・・・軸か」


さて、場面をその“しばてんの里”に移そう。
(第2612話参照)
そこで、ワタシタチは実家で、
土佐の郷土料理である
「皿鉢(さはち)料理」をいただいた。
なんて、豪快!!
美味しそうな海や山の幸、
フルーツ、スイーツまでもが、
大皿にドンと盛りつけてある。
観た目に美しく、しかも、美味しい。
寿司や鮎やカニ、エビ、
刺身、ザザエのつぼ焼き、メロン・・
好物を堪能した、ヒデ君は大喜び。
温かいおもてなしにも、いたく感動した。
そしてここでも、
Hさんとダンスにまつわる話になった。
そして、再びヒデ君の機転が活かされることに・・・
メールでやり取りがデキル
唯一の親族の方とコンタクトできたのだ。
(この辺りの話は最終話に)

“お母さん”との、別れの時。
この先に待つ“寂しさ”を思うと苦しくなった。
握手し、肩にそっと触れた。
温かさが伝わって来て、ドッと泣いてしまった。
が、告別式で、初対面の時に流した涙とは、
やや違う涙になっていた。
「どうか、お元気で」という祈りとともに、
わき上がってくる、感謝。
めぐり逢えた喜びだった。

見事な夕日に見送られながら、
ワタシタチは“しばてんの里”を後にした。
まん丸、夕日に続いて、
昇ったお月さんも、キレイな丸だ。
ソレを観て、Hさんを想ったというヒデ君
「(Hさんが)ありがとうって、
言うてくれてるのかなぁ。
でも、オレらの方が、
ホンマ、Hさん、ありがとうやなぁ」

「ホンマ、Hさん、ありがとう」
は、“大阪”に戻ってから、
さらなるパワーを増すことに・・・


      続く第2619話へ





※Real Junko Voiceはお休みです。

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