初めての方へ 目次 エクササイズ&プラクティス集
テーマ別インデックス Real Junko Voice目次
読者限定ワークショップ
社交ダンスを始めるということ 第139話へ
ダンスの 根本的“なぜ?”の解決に迫る
快刀乱麻クリニック
初心者には足脚テク伝授ナシ
~足・脚を活かすための身体操作~
「ダンスシーンにおいて、足・脚力は要らない。
できるだけ脱力できるほうがいい」
が、ジュンコ流儀だ。
だから、
足・脚がリキミを生みそうなダンステクニックは、
注意をはらって教えている。
「足・脚にばかり、脳みそを使わないよう配慮する」
特に初心者に関しては、かなり気をつけている点だ。
(このあたり、第193・194話を読んでみて。
参考になるかも、です)
ビギナーさん向けに、
足・脚テクニックで伝授するべきものは・・・ない。
足型、だけだ。
コレも、できるだけ“サラリ”と伝えるようにしている。
“かかと”からとか“つま先”からとか、
いわゆるフットワークに関することは、
もちろん一切言わない。
また、
「ハイ、右足に乗って、次は、左足に乗って・・・」
とか、
「左足に、立って下さい」
という言い方も、しないように心がけている。
「乗って」「立って」
と言うと 、
“乗ってしまう”“立ってしまう”からだ。
または 、
“乗ろうとする” “立とうとする”からだ。
動きの“流れ”を
せき止めてしまいそうな言葉
は危険。
足で1回1回ストップをかけてしまう感覚を
カラダが
「コレが良いダンスの動きなのだ」
と、解釈してしまっては、良くない。
だからワタシは
「グラグラとこけそうになりながら、踊る
・・・それでOKよ。
しっかり立とうなんて、しないでね」
を、ホンキで伝える。
足型を“足”だけで覚えず、
総合力で、覚えてもらう・・・コレが狙いだ。
総合力の要素となるのは、
音楽からおこるカラダの振動
相手との触れ合い感覚などなど・・
ソンナコンナな外的情報をカラダがキャッチし、
カラダの内外部両方で、足型を作っていくというわけだ。
そんなことで、本当に大丈夫なのか?
“足の踏み替え”など、できるようになるのか?
と言ったところだろうが、
これが、すこぶるいい具合に成長を遂げていくから面白い。
ただし、
「足・脚に関するテクニックを言わない」
に、プラス
「ホールドなど、カタチに類するものは教えない」
が、キモ。
そして
「早期に音楽(おんらく)体質になるよう訓練する」
(第1473話参照)
と、初心者ボディは、恐るべき変貌を遂げていくんだ。
それが、前回お話しした
「時間差・カラダ使い」なんだ。
続く第1584話へ
Real Junko Voice
(目次)
スペシャルバージョン244
~どんな流れも変えることはできる~
初心者用ブログ
「社交ダンスを始めるということ」
に、ボディ・リメイクの連載をやっている。
(第85話)
ボディ・リメイクとは、カラダの作り直しの意味だ。
今のワタシの体型の大半は、
自己整形により、作り直したもの。
骨盤
肩甲骨
首筋・・などなど
学連でダンスを始めた頃のカラダとは、
ずいぶん異なるものになっている。
“コンプレックスまみれのカラダ”に悩んだ競技現役時代。
父と母の弱点ばかりを受け継いだ(!?)現実を責め、
憂えた時期もあった。
が、今はこう思っている。
「遺伝のせいだ、と、あきらめなくて良かった」
「作り直す喜びを知るために、
自らこのカラダを選んで生まれて来たのだろう」
(第16話参照)
また、変わったのは、カラダだけではない。
内面、つまり性格も、だ。
それも、表面的な言動に現れる部分ではなく、
かなり深いところから “変わってしまった”と認識している。
この事は、両親にも分かるようだ。
実家に帰ると
「ジュンコ、変わったなぁ」
しみじみ言われることがある。
続いて、
「親に似ん子(親に似ていない子)やなぁ」
「ホンマ、おかしな子や。
親戚中でも、アンタみたいな考えのモン、見たことないわ」
まるで、突然変異のような扱いだ。
さぁ、ナニが言いたいか分かっていただけるだろうか。
いかなる場合においても、
「“流れ”は変えることができる」
ということだ。
流れとは、
ずっと受け継がれてきたようなナニかを指す。
例えば、
遺伝
常識
しきたり・・
「『良くないな』を知りつつ、
『改善したいな』とは思っても、マァ、無理ってもんさ。
仕方がないよ、遺伝だもの」
などと、
あきらめるのはもったいない。
変えることは可能なのだから。
中でも遺伝は、
常識・しきたりより、取り組みやすい課題だろう。
なぜなら、
他人を介さないモノだから。
ただし、
“遺伝”は自己責任の及ばない感じがするのも否めない。
が、
“前世”だと?
そう、責任が取れるエリア・・・
なぜなら、
いくら
「遠い・大昔・覚えていない」といっても、
自分の“過去”には違いないのだから。
いつも 応援クリック ありがとうございます。
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~足・脚を活かすための身体操作~
「ダンスシーンにおいて、足・脚力は要らない。
できるだけ脱力できるほうがいい」
が、ジュンコ流儀だ。
だから、
足・脚がリキミを生みそうなダンステクニックは、
注意をはらって教えている。
「足・脚にばかり、脳みそを使わないよう配慮する」
特に初心者に関しては、かなり気をつけている点だ。
(このあたり、第193・194話を読んでみて。
参考になるかも、です)
ビギナーさん向けに、
足・脚テクニックで伝授するべきものは・・・ない。
足型、だけだ。
コレも、できるだけ“サラリ”と伝えるようにしている。
“かかと”からとか“つま先”からとか、
いわゆるフットワークに関することは、
もちろん一切言わない。
また、
「ハイ、右足に乗って、次は、左足に乗って・・・」
とか、
「左足に、立って下さい」
という言い方も、しないように心がけている。
「乗って」「立って」
と言うと 、
“乗ってしまう”“立ってしまう”からだ。
または 、
“乗ろうとする” “立とうとする”からだ。
動きの“流れ”を
せき止めてしまいそうな言葉
は危険。
足で1回1回ストップをかけてしまう感覚を
カラダが
「コレが良いダンスの動きなのだ」
と、解釈してしまっては、良くない。
だからワタシは
「グラグラとこけそうになりながら、踊る
・・・それでOKよ。
しっかり立とうなんて、しないでね」
を、ホンキで伝える。
足型を“足”だけで覚えず、
総合力で、覚えてもらう・・・コレが狙いだ。
総合力の要素となるのは、
音楽からおこるカラダの振動
相手との触れ合い感覚などなど・・
ソンナコンナな外的情報をカラダがキャッチし、
カラダの内外部両方で、足型を作っていくというわけだ。
そんなことで、本当に大丈夫なのか?
“足の踏み替え”など、できるようになるのか?
と言ったところだろうが、
これが、すこぶるいい具合に成長を遂げていくから面白い。
ただし、
「足・脚に関するテクニックを言わない」
に、プラス
「ホールドなど、カタチに類するものは教えない」
が、キモ。
そして
「早期に音楽(おんらく)体質になるよう訓練する」
(第1473話参照)
と、初心者ボディは、恐るべき変貌を遂げていくんだ。
それが、前回お話しした
「時間差・カラダ使い」なんだ。
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~どんな流れも変えることはできる~
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「社交ダンスを始めるということ」
に、ボディ・リメイクの連載をやっている。
(第85話)
ボディ・リメイクとは、カラダの作り直しの意味だ。
今のワタシの体型の大半は、
自己整形により、作り直したもの。
骨盤
肩甲骨
首筋・・などなど
学連でダンスを始めた頃のカラダとは、
ずいぶん異なるものになっている。
“コンプレックスまみれのカラダ”に悩んだ競技現役時代。
父と母の弱点ばかりを受け継いだ(!?)現実を責め、
憂えた時期もあった。
が、今はこう思っている。
「遺伝のせいだ、と、あきらめなくて良かった」
「作り直す喜びを知るために、
自らこのカラダを選んで生まれて来たのだろう」
(第16話参照)
また、変わったのは、カラダだけではない。
内面、つまり性格も、だ。
それも、表面的な言動に現れる部分ではなく、
かなり深いところから “変わってしまった”と認識している。
この事は、両親にも分かるようだ。
実家に帰ると
「ジュンコ、変わったなぁ」
しみじみ言われることがある。
続いて、
「親に似ん子(親に似ていない子)やなぁ」
「ホンマ、おかしな子や。
親戚中でも、アンタみたいな考えのモン、見たことないわ」
まるで、突然変異のような扱いだ。
さぁ、ナニが言いたいか分かっていただけるだろうか。
いかなる場合においても、
「“流れ”は変えることができる」
ということだ。
流れとは、
ずっと受け継がれてきたようなナニかを指す。
例えば、
遺伝
常識
しきたり・・
「『良くないな』を知りつつ、
『改善したいな』とは思っても、マァ、無理ってもんさ。
仕方がないよ、遺伝だもの」
などと、
あきらめるのはもったいない。
変えることは可能なのだから。
中でも遺伝は、
常識・しきたりより、取り組みやすい課題だろう。
なぜなら、
他人を介さないモノだから。
ただし、
“遺伝”は自己責任の及ばない感じがするのも否めない。
が、
“前世”だと?
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