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読者限定ワークショップ
社交ダンスを始めるということ 更新しました
特別シリーズ
社交ダンスを教えるということvol.9
「なぜ、自分は競技会に出るのだろう?」
泰然自若(6)
現役競技選手の頃、
今のような、競技会に対する見方・考え方が、できていたなら
もっと、楽(ラク)だったのになぁ、と思うことがアル。
「競技会ってものに振り回されることなく、
もっと、楽しめた」
競技における楽しさは、正直、学連時代の初期の頃・・・
新人戦~2回生前半あたりかなぁ
で、すでに終わっていたように思うんだな。
プロになってからは、
苦しいだけ、だった。
“勝ち組”のときでさえ、基本的には、そう、だった。
苦しかった理由は、色々あるけれど、
今思うに、一番は、コレだ。
「自分のダンスが、
上手くなっていっている感じが全くしなかったから」
成績が良いときでさえ、
「ダンスが上手くなっている、実感は持てなかった」
確かに、
競技的な意味あいでは、上手くもなってはいただろう。
でも、(競技ではなく)
純粋に“ダンス”として見たなら?
もっと言えば、
身体操作という普遍的な観点から言えば?
ウッヘェ~!?なほど、
低レベルだし、ナニも満足にできていない・・・
ことは、メチャ自覚があったし、
まんま、この先、進んで行っても
「大丈夫! 着実に進化の過程を歩いているよ」
な、感覚はゼロ。
必ずや訪れるであろう、
先細りと頭打ちをどこかで分かりながら、
行き当たりばったり的にがんばってるのみ・・・
だから、苦しかったんだ。
上記、
「現役競技選手の頃、
今のような、競技会に対する見方・考え方が、できていたなら」
の“見方、考え方”ってどんな?
のお話の前に、こんな質問
「当時のワタシに最も欠けていたものは、何だったのだろう?」
ダンス&身体操作のテクニック?
それは、もちろん。
ソレ以外ってことは、ココロの問題?
強い精神力?
いや、違う。
欠けていたものは、
「なぜ、自分は競技会に出るのだろう?」
そして、
「わたしは、○○だから、競技会に出る」
てな、自問自答だ。
競技ダンスのプロフェッショナルであったにもかかわらず、
(だから、余計に、
考えないようになってしまっていたのかもしれないが)
その辺り、深く考えることを全くしていなかったのだ。
上記、自問自答は、やがて、
「なぜ、自分はダンスをやっているのだろう?」
にたどり着き、
ソコでの自問自答は、やがて、
もっと深いテーマに自らを誘う・・・
「そんなぁ、深く考えなくてもいいんじゃないの?」
ホントウの答えなんてでないんだからさぁ」
と、言うヒトがいるかもしれない。
でも、ワタシはこう思う。
答えを導きだすだけが、自問自答の目的では、ない。
要は、自分を知ることだ。
自分という実態を知ることだ。
そのために、
心を動かすこと・・・ソレが、自問自答の趣旨であり目的だ。
ソレがなぜ必要か?
泰然自若な自分に出合え、
平然としていられるようになるからだ。
さて、今現在の、
競技会に対する見方、考え方についてお話ししよう。
それは
「なぜ、自分は競技会に出るのだろう?」
の答えに添い
どんな風にでも変化するモンだろう、いうことだ。
もし、
アナタの競技に出る理由が、ごく軽い気持ちの、
「楽しみたい」
であったなら、
競技会は、自分の成長過程における“腕試し”
かつ、
ダンス人生のお楽しみオプションの一環として“利用する”べきだ。
決して、はまり込まず、
競技会自体を目的にしてしまわずに、だ。
様々なことを吟味し、
(パートナー・コーチャー選びも含め)
そう(お楽しみオプションに)
とどめるように常に配慮しながら、動くべきだろう。
または、(競技会に出る理由が)
もう少し深い
「楽しみたい」
であったなら、
競技会は立派な “学びの場”となるだろう。
どんな学びか?
パートナーシップや、
自分に向かうこと、
他者との調和・・などなど・・
盛りだくさんだ。
と、こうなれば、
競技会に対する見方・考え方は一変するはずだ。
この際、気をつけなければならないことは、
競技以外に
自分のダンス成長を自分自身で見て取れる
“別世界”をちゃんと持つことだ。
競技の成績云々(うんぬん)に左右されることのない、
進化成長のプロセスが、そこにはアリ、
「コレをやることで、自分のダンスは上達するという信念」
が育つ、
絶対的な道だ。
ソノ道が、主で、競技会は、あくまで従。
ソノ道すがら、体験し、
自分の力を試してみたいイベントが、競技会・・
と、ポジション決定しておくと、迷いはなくなるだろう。
大事なことは、
競技会で試される自分の力とは、
ダンスの力量だけではない、
泰然自若的力量だってこと・・・
さぁて、もしアナタが競技選手なら、
一緒にやってみようか?
自分に問うてみるんだ。
「なぜ、自分は競技会に出るのだろう?」
それにしても、
そんな問いかけがどうして、必要なのか?
そして、
どうして泰然自若な自分に出会う必要があるんだろう?
まだ???なあなたへ
その理由・・・
アナタがもし中高年の方で、
競技、メッチャがんばってます、なら
(競技は)想像以上に過酷な、はずだ。
色んな意味で、不親切だし、厳し過ぎるもんだろう。
(そんな風には全然思わない、というなら
幸せです!問題、なし。
ココからは参考程度にどーぞ)
だからこそ、
競技会に対する
泰然自若的見方、考え方が必要だし、
競技会は、
泰然自若の鍛錬にはふさわしいと思っている。
このあたりを、
次回、もう少し取り上げよう。
続く第1211話へ
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「なぜ、自分は競技会に出るのだろう?」
泰然自若(6)
現役競技選手の頃、
今のような、競技会に対する見方・考え方が、できていたなら
もっと、楽(ラク)だったのになぁ、と思うことがアル。
「競技会ってものに振り回されることなく、
もっと、楽しめた」
競技における楽しさは、正直、学連時代の初期の頃・・・
新人戦~2回生前半あたりかなぁ
で、すでに終わっていたように思うんだな。
プロになってからは、
苦しいだけ、だった。
“勝ち組”のときでさえ、基本的には、そう、だった。
苦しかった理由は、色々あるけれど、
今思うに、一番は、コレだ。
「自分のダンスが、
上手くなっていっている感じが全くしなかったから」
成績が良いときでさえ、
「ダンスが上手くなっている、実感は持てなかった」
確かに、
競技的な意味あいでは、上手くもなってはいただろう。
でも、(競技ではなく)
純粋に“ダンス”として見たなら?
もっと言えば、
身体操作という普遍的な観点から言えば?
ウッヘェ~!?なほど、
低レベルだし、ナニも満足にできていない・・・
ことは、メチャ自覚があったし、
まんま、この先、進んで行っても
「大丈夫! 着実に進化の過程を歩いているよ」
な、感覚はゼロ。
必ずや訪れるであろう、
先細りと頭打ちをどこかで分かりながら、
行き当たりばったり的にがんばってるのみ・・・
だから、苦しかったんだ。
上記、
「現役競技選手の頃、
今のような、競技会に対する見方・考え方が、できていたなら」
の“見方、考え方”ってどんな?
のお話の前に、こんな質問
「当時のワタシに最も欠けていたものは、何だったのだろう?」
ダンス&身体操作のテクニック?
それは、もちろん。
ソレ以外ってことは、ココロの問題?
強い精神力?
いや、違う。
欠けていたものは、
「なぜ、自分は競技会に出るのだろう?」
そして、
「わたしは、○○だから、競技会に出る」
てな、自問自答だ。
競技ダンスのプロフェッショナルであったにもかかわらず、
(だから、余計に、
考えないようになってしまっていたのかもしれないが)
その辺り、深く考えることを全くしていなかったのだ。
上記、自問自答は、やがて、
「なぜ、自分はダンスをやっているのだろう?」
にたどり着き、
ソコでの自問自答は、やがて、
もっと深いテーマに自らを誘う・・・
「そんなぁ、深く考えなくてもいいんじゃないの?」
ホントウの答えなんてでないんだからさぁ」
と、言うヒトがいるかもしれない。
でも、ワタシはこう思う。
答えを導きだすだけが、自問自答の目的では、ない。
要は、自分を知ることだ。
自分という実態を知ることだ。
そのために、
心を動かすこと・・・ソレが、自問自答の趣旨であり目的だ。
ソレがなぜ必要か?
泰然自若な自分に出合え、
平然としていられるようになるからだ。
さて、今現在の、
競技会に対する見方、考え方についてお話ししよう。
それは
「なぜ、自分は競技会に出るのだろう?」
の答えに添い
どんな風にでも変化するモンだろう、いうことだ。
もし、
アナタの競技に出る理由が、ごく軽い気持ちの、
「楽しみたい」
であったなら、
競技会は、自分の成長過程における“腕試し”
かつ、
ダンス人生のお楽しみオプションの一環として“利用する”べきだ。
決して、はまり込まず、
競技会自体を目的にしてしまわずに、だ。
様々なことを吟味し、
(パートナー・コーチャー選びも含め)
そう(お楽しみオプションに)
とどめるように常に配慮しながら、動くべきだろう。
または、(競技会に出る理由が)
もう少し深い
「楽しみたい」
であったなら、
競技会は立派な “学びの場”となるだろう。
どんな学びか?
パートナーシップや、
自分に向かうこと、
他者との調和・・などなど・・
盛りだくさんだ。
と、こうなれば、
競技会に対する見方・考え方は一変するはずだ。
この際、気をつけなければならないことは、
競技以外に
自分のダンス成長を自分自身で見て取れる
“別世界”をちゃんと持つことだ。
競技の成績云々(うんぬん)に左右されることのない、
進化成長のプロセスが、そこにはアリ、
「コレをやることで、自分のダンスは上達するという信念」
が育つ、
絶対的な道だ。
ソノ道が、主で、競技会は、あくまで従。
ソノ道すがら、体験し、
自分の力を試してみたいイベントが、競技会・・
と、ポジション決定しておくと、迷いはなくなるだろう。
大事なことは、
競技会で試される自分の力とは、
ダンスの力量だけではない、
泰然自若的力量だってこと・・・
さぁて、もしアナタが競技選手なら、
一緒にやってみようか?
自分に問うてみるんだ。
「なぜ、自分は競技会に出るのだろう?」
それにしても、
そんな問いかけがどうして、必要なのか?
そして、
どうして泰然自若な自分に出会う必要があるんだろう?
まだ???なあなたへ
その理由・・・
アナタがもし中高年の方で、
競技、メッチャがんばってます、なら
(競技は)想像以上に過酷な、はずだ。
色んな意味で、不親切だし、厳し過ぎるもんだろう。
(そんな風には全然思わない、というなら
幸せです!問題、なし。
ココからは参考程度にどーぞ)
だからこそ、
競技会に対する
泰然自若的見方、考え方が必要だし、
競技会は、
泰然自若の鍛錬にはふさわしいと思っている。
このあたりを、
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