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特別シリーズ 
社交ダンスを教えるということvol.7 

中級者ホールド・テクは危ない!

ダンス実学主義の夜明け ⑬


続きまして、
中級者のホールド・テクニック。
実学となるには・・・

ここでは、
特に問題になりやすい

スタンダードのホールド・フレーム

に関して
「どうしたらいいか?」
という具体的なアドバイスの前に、
「どう考えていくべきか?」
ということをお話しよう。

初級の時とは違って、
相手と組むことに対して恐れはなくなっているはずだし、
慣れてもいるはずだ。
それゆえ“ビギナー的緊張”からくるリキミは、
徐々になくなってきていることだろう。
腕・手に関しても然り、のはずだ。
つまり、腕・手は柔らかくなる。
すると“機能”がダンゼン良くなるんだ。
相手からの情報をキャッチする機能だ。
つまり、手・腕による相手との

接触面から入ってくる情報量が、

格段に良くなってくるということだ。
ところがドッコイ、非常に残念なことに、この時期、
別のリキミにより、
腕・手は“ビギナー的緊張”にも増して
硬くなってしまうケース
が多いんだな。
何によるリキミかといえば、
“フレームのカタチを作るためのテクニック”
“二人で組むためのシェイプ・テクニック”

によるもの。

例えば、手の握り方、握った手の位置、
ひじの高さ・・などのフレーム・テクニックを仕入れることで、
ビジュアル的には美しくなっても、
腕・手はただの
“木の枠”のようになってしまいかねないんだな。
また、
ボディのストレッチ
男女の頭の位置・・などのシェイプ・テクニックを仕入れることで、
体幹部・後頭部あたりのアウターマッスルに
無理な緊張を招くケース
さらに、
相手との直接的な接触(5つないし、6つある)
コンタクト・テクニックを学び
その位置関係をできるだけ崩さないように強いることで、
筋肉の緊張を引き起こしてしまうことが多々あるんだな。
また、
個人的なカラダの弱点を矯正することなく、
“強力なコンタクト”を強いると、
カラダのクセが助長されてしまって、
かえって変なカッコウになったり、
動きがギクシャク・・
つまり
ホールド・テクニック=
スムーズに踊れるためのテクニックのはずが
ソレをすることで、
かえって踊りにならなくなる

なんて本末転倒が、実際非常によくあるわけね。
 
ホールドのテクニックに関するものは、
非常に多いし、種類・やり方も多岐にわたる。
このブログでも、
いろーんなモノをさまざまな角度から取り上げているし、
「こうしたほうがいいですよ」
ってな、提案を数々しているけれど、
やってみて、
むやみなリキミを招いてしまうナァってときは、
「自分の身体能力的には、
まだ、やらないほうがいいのかな?」
「このアクションは、
何かもっと基礎的なことをやった“結果”に
そうなるものなのかな?」
と、頭を切り替えていただきたいと思っているんだな。

なぜか?

先ほどから何度か話しているように

ホールド・テクニックは、

リキミが生じた時点で

実学になっていない
からだ。

さぁさぁ、困ったぞ。
ンジャ、
中級者のホールド・テクニックが実学となるには、
どうすればいいんだろう?

リキミをできるだけ生じさせることなく、
目指すフレームの形、シェイプの形、コンタクトに、
ジリッジリッっと
近付いていくにはどうしたらいいか???
のお話は、次回!


      続く第910話へ





Real Junko Voice

「もう一つの学連物語」
vol.85 ~ 忘れられた使命 ~
 
順風満帆、そのものでした。
両親との関係、
ダンスの両親との関係
ダンスそのものとの関係
Y氏との結婚を機に、それらのものがドンドン良くなっていきました。
自分の中で引っかかっていた、あらゆる問題が、
解決に向かっているかのようでした。

Y氏は、
“ビギナー向けダンスライブ”の手伝いをし、
また、自らもダンスを学び続けるうちに、
ワタシのダンスへの取り組み方なりに、
さらに深く興味を示し始めていました。

やがて、一つの提案がY氏から持ち上がりました。
「ジュンコ先生以外にも、“ビギナー向けダンスライブ”ができたり、
欧米から学んだダンス教育課程にのっとって、
ダンスを教授していける
インストラクターを養成する気持ちはないか?」

ダンサーを育てるよりも、
教師を生み育てていくほうが
今のダンスの世界にとっては、急務であり、
また、そのお手伝いをすることこそが
ワタシの仕事でアルのではないかと言うのです。

「ソレは無理」
「自信がない」
即答しました。

ただ、Y氏の意見については、
「さもありなん(その通り)」
自分でも、
「進むべき道ではないか?」
という思いはありました。

一方、
「教師を育てるなんて、おこがましい。
そんなこと、自分にできるはずはない」
という気持ちも強くありました。
根強いコンプレックスが、原因の一つでした。
また、リスクを背負いたくないという気持ちもありました。

アノ苦しかった当時、鎮守神社に毎日お参りに行き、
「ダンスのためにこのカラダをお使いください」
と、願ったことなど、忘れかけてしまっていたのです。

そんなある日・・・とんでもない事件が起こりました。



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