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特別シリーズ 
社交ダンスが教えてくれたこと 人間美学そして哲学vol.6 

ダンスは危険・不快感の宝庫!?

ダンス力を生き・活き力に転用しよう ④


前回の続き・・・

なぜ社交ダンサーの多くは、
「感じること、変化すること」を、
恐れ、許せないのだろうか?
答えは、

踊っている間って、

感じてしまったら、

困る情報もたくさん入る
から。

例えば、踊っているとき、
手・腕や背中など、
相手と直接にコネクトする部位に
「痛い」とか「気持ち悪い」とかの情報を
受け取ったとしよう。
でも、踊りは途中でやめられない。
・・・そんな事態がエンエン
(といっても数分のことだろうが)
が続けば、

カラダは危険を察知して

「感じないようにしよう」
って自動的になってしまうものなんだ。
ソウ、私思うに、
カラダって究極

「生き抜く」ために作られている

んよね。
だから「快感か不快感か?」
つまり「安全か危険か?」
って察知能力は本来、
鋭敏に備わっていると思うんだ。
で、
「痛み」とか「気持ち悪さ」とかっていう情報は、
危険信号。
だから、反射的に「逃げなきゃ!」
という防衛センサーが働く。 
で、実態的に逃げることが不可能なときは、

感じないようにする・・・

これも防衛センサーの働きなんだな。

こんな風に考えてみれば、
“社交ダンシング中”って意外や
「危険・不快感の宝庫?」かもしんないよね。

だって、「踊っている時の環境」を
思い出して欲しいんだけど、
相手から受ける刺激
音楽から受ける刺激
自分のカラダから受ける刺激・・
すべての刺激が丸ごと
「心地よいもの」かなぁ?
チョイ考えてみても、
どうもソレは無理っぽいなぁってわかるよね。
イヤイヤ、本人は
「気分良く・機嫌よく」踊っていても
もしお相手が
「痛み」なり「不快感」を受け取っていたなら
カラダはその
「痛み」なり「不快感」を無意識下で
拾っているモンなんだから。
丸ごとOKとはなっていない。
また、踊っている二人は
「エエ感じ」であっても、
観ている人にとって
「あんな変な動き、やめてくれ~」
であったり
「音楽を堂々と外して踊ってる人たち見ていると、
気分が悪くなってくる」
でも、ダメ。
ナァンテ言い出したら、
自分も相手も周りも安全!快感!
(つまりは三方良し)って、あんまりないんだよね。
キツイ言い方だけど
触覚的に「感じたくない」踊りもあれば
視覚的に「感じたくない」踊りってモンも
あるってこと。

チョイ、お話が長くなっちゃったけどこれが
なぜ社交ダンサーの多くは
「感じること、変化すること」を、
恐れ、許せないのだろうか?
の問いに対する答えだ。

でも、ここからが重要だ。

「危険・不快感の宝庫?」の

社交ダンスであるからこそ

その対処法がすんごく勉強できる


ってこと!
つまり、日常鈍っていた感受能力を
引き上げることがデキ、
それによって
変化能力・・・
つまり自分がどう変化することで、
危険・不快感から脱出できるか?
(しかも妥協することなく)
も、ジックリお勉強できるって話。
ってことは、

人間・達人って、

忍耐したり努力したりして一歩一歩
近付いていくモンなんだ。

つづきは次回。



      続く 第701話へ



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