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特別シリーズ 
社交ダンスが教えてくれたこと 人間美学そして哲学vol.6 

「恐れない・許す」が達人への道

ダンス力を生き・活き力に転用しよう ③


「わたし、ナニも感じていないわ!!」
京子さんは声を上げた。
何かに気付いたような表情だ。

私は“診断結果”を言い渡した。
(第698話参照)

「京子さんは踊っている間、
“感じて”いない。
というか、
感じようとはしていないのね。
相手のことも、かかっている音楽も、
そして、自分のカラダも」

「それらを感じないなんて、
ダンスの一番おいしい部分を
食べて味わっていないようなものよ。
きっと今までも、
味わったことがないんだろうと思う。
味わおうとしないから、
よくかまないし、唾液も出てこない。
つまり、カラダの反応、変化がないのよ」


しばらくキョトンとして、
私の顔を見ていた京子さん
何を思ったのか、
急に声をたてて笑い始めた。

「まぁ、もったいない!
食いしん坊ですから、
食べ物に例えていただくと、
よくわかりますわ」



この表情・・・
なんて愛らしい笑顔ができる人なんだろう!?
コレがダンスの中で出てこないなんて、
それこそもったいない、と私は思った。

レッスンの方針は決まった。
目覚めさせるべきそして鍛えるべきは、

“感受力”(感じとる力)  

とソレに伴う

“変化力”(柔軟に変化する力)だ。
 
京子さんのように、
踊っているとき“ナニも感じていない”
“カラダ・心の変化がほとんどない”
つまり、
“感受力・変化力レベルが、
かなり低い社交ダンサー”
は、
決して珍しい存在ではない。  
しかも、
「かなりの年月踊っているマス」
って人に多くみられる症状なんだ。

でもコレってよくみれば、
不思議なことなんよね。
だって
異性との肌と肌の触れ合いによる、
ダイレクトな刺激
色んな種目のさまざまな良い音楽という刺激
多様な動きによる
自分のカラダの筋肉反応から来る刺激・・
刺激=情報が、
ワンサカあるのが、社交ダンスなんだもの
社交ダンサーの感受力・変化力は、
ダンスを知らない一般の方よりも優れていて、
当然なんだ。
だから、ダンス年月を重ねるにしたがって
感受力・変化力は、
メッチャ鍛えられていくはずなんだけど。
そうでなきゃ、今回のテーマ
「社交ダンスは人間・達人への道」であって、
感受力・変化力がバツグンについてくる
ナンテ大嘘になるじゃない!?

OK、そのあたりのことを、
現時点でのモデル、
京子さんを使ってみてみよう。

まず、京子さんがしかるべき
訓練・レッスンを受け、
どんなふうに変貌していっているかの報告だ。


レッスンで最初に着手したのは、

「カラダの力を抜く」ことだ。

そうすることが 筋肉の
“伝達能力=感受力”をアップさせる
最速の方法だから。
(第121話参照)
そして、次に

自分のカラダの中の動きという

内側からの刺激を感じる練習


重ねてもらったんだ。
みぞおち辺りのカラダの奥を
クチャクチャ動かしたり
呼吸をしたり
そうやって、自分がどう感じるかを

クリアに意識してもらう。

はじめは、
「カラダの内側を動かすなんて、
難しいわ」
「コレで、チャンと、
動いているのかしら?」

などと、
戸惑い気味だった京子さんだったが、
訓練・レッスンは根気よく続けられた。
さらに、
相手と組み、踊るときも、
相手のカラダを通して
自分のカラダを感じとる訓練
とみなし、
常に、自分のカラダの内側に
焦点を当てることを徹底・・・

音楽に関しては、
「外れることを気にせず、
音楽を感じるままに、
好きにカラダを動かそう」

というレッスンからスタート。
ルンバという教材を使っての訓練だ。
音楽をかけながら、多様な訓練を繰り返す。
それは
「指先まで感じながら、
目いっぱい動いてみよう」
であったり、
「カラダの奥だけを動かしてみよう」
であったり・・・
(好きなように踊っても、
まぁ、音楽は外れることはない。
なぜなら、
先生が常に号令をかけているからだ)

と、転機は突然やってきた。

「自分の内側の動きが、
分かります。
感じることができます」

京子さん、待ってました!の
愛らしい笑顔でそう言い、
「とっても気持ち良いし、
楽しいです」

果たして、動きは変わった。
柔らかい、透明感のある
独特の美しさがでてきたんだ。
よーし、目覚め始めたな・・・

京子さんのカラダはようやく、 
“感じること”ソレによって
“変化すること”
を、

恐れなくなったのだ。

もっと言えば、
感じること、変化することを、

自分に許したのだ。

この
「恐れない、許す」ことこそが、
人間・達人への第1歩
なんだ。

ということは・・・
京子さんをはじめ多くの社交ダンサーは、
実は、
ものすごく“感じていて、
変化しようとしている”のにもかかわらず、
ソレを

恐れ、許していない


というわけなんだ。
イヤ、この行為は
ほとんど無意識的作業だから、
「そんな覚えはない」と、
思っている人がほとんどであり、
それゆえ
「ワタシは感受力も変化力もない」
と、自らを過小評価している人が多いんだな。
で、その結果
“感受力・変化力レベルが、
かなり低い社交ダンサー”

になり下がってしまっていた!?

あぁ、もったいない!

でも、一体なぜなんだ?
なぜ「感じること、変化すること」を、
恐れ、許せないのだろう?
・・・を次回みていこう。



      続く 第700話へ



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