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特別シリーズ 
社交ダンスを教えるということ vol.4 

ある程度の自立したカップルレッスン

~カップルレッスン修行 ⑩~



以下は、

二人どちらも自立はしているが

相乗効果を生むにいたっていないタイプ


のカップルレッスン例だ。

健史裕子(どちらも仮名)
年齢はどちらも50歳後半のご夫婦だ。
かつてはアマチュア競技選手として活躍、
引退後はサークルを主催し、
地元のダンス愛好家たちへの指導に当たっている。
競技をやっていた頃にはできなかったという、
きめ細やかな部分でのレッスンを希望。
お二人ともに、
まだまだ上手くなりたいと意欲満々だ。


健史
「お互い“口”が達者でねぇ。
もうしょっちゅうケンカですわ」


まずは、
音楽をかけ、踊ってみてもらい
先生側がビジュアルによる
情報収集開始
その後、
本人たちから自分たちの問題に
発言してもらうようにする
・・・
という流れは、
基本的に
①自立できていない、
依存関係にあるタイプのカップル

と同じだが、
②男女それぞれが
ある程度の自立したカップル

①のカップルに比べると
本人たちの自覚
(自分のダンスがどうなっているのか?)
はかなりあるものだ。

彼らは、相手のダンスのドコがおかしいか、
ある程度的確に言い当てることもでき、
相手を、自分が踊りやすいように
“指導”することだってできたりする。
(マァ、この辺が
ケンカの原因にもなりやすいところだが)

また、「今日は、先生に
ココを見てもらおうor質問しよう」
と、課題を持って
レッスンに臨むコトも少なくないため、
最初のダンス披露の後の

3人のコミュニケーション

タイムは非常に重要なモノ
となってくる。


先生側がビジュアルによる
情報収集したものは少し横に置き、
まずは、
「何か問題または、質問はありますか?」
の問いに対する、
二人の“言い分”に耳を傾けることに集中する。


健史
「(音楽的な)タイミングが合わない。
彼女のほうが全体的に速い感じがする。
もう少しジックリと踊って欲しいんですけど」


お題は、

スロー・フォックストロットの

ベーシック
だ。


裕子
(ご主人に向かって)
「ソレは、私も一緒よ。
(先生に向かって)
この人こそ、音楽より
ずい分速い感じがするんですけど」


横で健史が怪訝な顔だ。
で、
(彼女に向かって)
「僕が速いって言うの?
(先生に向かって)
イエね、先生、
いっつもコウなっちゃうんですよ。
(正しい意見を言っているのは)
ドッチなんですかね?」


ココで、
よーく事態を観察しなければならない。
二人が言っていることのズレや
矛盾を感じ取らなければならないのだ。
ゆえに、結論はあせらない
(つまり、ドッチが速いとも、何も言わない)
ことが大切なんだ。

で、
(健史に向かって)
「ご主人にとっては奥様が
“速い”んデスね。
(裕子に向かって)
奥様にとってはご主人のほうが
“速い”んデスよね?
さァ、ドッチなんでしょ? 
もう一回その辺、
意識しながら踊ってみましょうか」
と、
今のお互いの言い分を整理し、
焦点を当てて
お互いに意識させ、
もう一度踊ってみるように指示を出す。


踊り終えて、
「さぁ、どうでした?」


健史裕子とも口をそろえ
「今のは、さっきよりマシでした」


コレは、
②男女それぞれが
ある程度の自立したカップル

によくある傾向だ。
先生側は何もレッスンしていないのに、
お互いの言い分をハッキリと意識させ、
気をつけるように誘導するだけで、

ある程度の改善を

勝手にやってしまう
のだ。

実際、②のタイプのカップルは、
自分たちのダンスをより正しく評価し、
より客観的に観察できれば
先生がいなくとも、
自分たちで“問題解決可能”なレベルではある。 
ジャ、先生によるレッスンが必要ないか?というと、
実はソウではない。
すぐにまた、元に戻り、
「さっきは上手くできたのに、
どうして(さっきのように)やらないんだ?」
と、お互いを責め始めてしまう
・・・なんていう事態も勃発しかねない。
つまり、先生のレッスンは必要ってこと。

で、ソレはどんなかというと、
直接的に(先生が)
サッサーと直してしまったり、
問題解決のためにナニをしたらいいのか、の、
“答え”をアッサリと教えたりすることなく、
できるだけ、

問題解決に向けての

“考え方”“意識の仕方”を

教えるように努める


そんなレッスンだ。
少々遠回りのようでも、
このほうがカップルとしての成長を
促すことができるからなんだ。


健史裕子の例でやってみよう。


「さっきは、
お互いを速く感じたのに、
今はマシになった、
どうしてなのかしらね?」
と、先生が二人に問う、


健史裕子とも、
それは相手が気をつけてくれたから
・・・と思っているようだ。


「OK、もう一度、
気をつけながら踊ってみてくださいね」
と、今度は先ほどとは違う音楽をかける。 
で、踊り終わってみてから、質問だ。
「ドウでした?」


健史
「今は、また速くなったなぁ。
もっとジックリ踊って欲しいなぁ」


裕子
「アラ、あなたこそまた
音楽より速く動いているじゃないの?」


さぁ、二人の会話の中に
見え隠れするズレを発見できただろうか?
健史の言う“速い”は、

自分の動きに対して

裕子が速いと言っているのであり、

裕子の言う“速い”は、

音楽に対して

健史が速いといっているんだ。

ということは、
それぞれが、音楽に対しGOODな
フィーリングで踊れているときは
「少し、マシ」になりやすく、
ソウでないときは、
問題が大きくなりやすい、ハズ。
ただし、ここで、先生側が
(二人のズレを)種明かしをし、
「もっと二人とも、
それぞれにシッカリ
音楽を聴いて、踊って見ましょう。
お互いがお互いにあわせるのではなく・・・ね」
と、アドバイスし、
トライさせたところで、
まだ問題の根本的な解決には至らないだろう。
つまり、このままでは、
二人ともにフィーリングGOODな
音楽がかかっても、
「少し、マシ」以上になることは
期待できないだろうってこと。
なぜなら、お互いにたぶん、
音楽の聴き方においても
「私は正解で、あなたが間違っている」という
サイドを崩しはしない
だろうからだ。
さぁ、ココからが大切な
問題解決に向けての
“考え方”“意識の仕方”
のレッスンになるんだな。

ズバリ、二人の音楽の聴き方、
タイミングの取り方が違う・・・バラバラ・・・
は、決して悪いことではない!んだよ、
という話を始めるわけだ。
コレは、音楽についてだけの話ではない。
二人で踊るダンスにおいて、
「あなたと私は違う、合わない」
といってしまえば、
ハイソレまでよってなくらいに
モトモト合わないもの、
ナゼって、違う人間だから。
夫婦であっても“違う・合わない”で当然、
ある意味自然なことなのだと。
また、コレは
ダンスだけにおいてのことだけではない。
日常のアクションすべてにいえることだろう。
大切なのは、

“違い”こそが

歓迎されるべきものなのだ


ということを、

ダンスを通して知っていくことだ

“違い”とは、
相手に何かを奪われることや
支配を生むものではない。
表現の広がりだ、奥行きだ、
深みだ、豊かさの表れだ
・・・と理解し納得することだ。
そして“違い”の心地良さを
真に実感できるように
それぞれがそれぞれのレベルを上げていく
・・・ソレしかないのだと。

今回の

音楽のタイミングに対する違い

に関しては、
超重要。
特に、ある程度の自立を果たしたカップルが、
更なる相乗効果によって、
一人ではできない二人ならではのダンスの世界に
突入していくには、最大の関門といえるだろう。
なぜなら、ダンスは音楽の表現であるため、
音楽に対するフィーリングの違いは、
すべてのアクション・テクニックに対する
二人の違いとして表面化する
ものだからだ。

二人の音楽に対するフィーリングの“違い”を、
大歓迎すべき相乗効果テクニックへと
“昇華”させていくには
① それぞれが音楽をボディで表現する
(足でカウントを刻んだりせずカラダの内側で)
② おおざっぱに音楽を聞くのではなく、
音楽を聴き、それぞれが目いっぱい、楽しい
音楽表現を目指す
高いレベルでのダンス技術を習得することを、
各自が目指すべき
だ。


果たして、健史裕子に、
上記のように考えるようにアドバイス。
そして
それぞれが、
上記①・②のようなカラダの内側で踊る
音楽を聴きながら表現する
・・のテクニックを試みたところ


健史裕子とも
(自分の表現に専念するので)
「相手のことがいい意味で気になりませんね」


という、結果を生み、
さらに練習を積み
二人とものレベルが上がると


健史
「すごくジックリ踊ってくれるから、
リードしやすいですわ」


裕子
「音楽がよく聴こえます。
一人で踊るよりも
立体的に踊る感じがして楽しいです」
となるかもね・・・なのだ。


相手がどんなふうに音楽表現を
しようとしているかを理解するために
時には次のような
学習をさせてみるのも良いだろう。

相手の世界を感じてみよう!

プラクティス
だ。


「奥様に全権をゆだねましょうか(笑)
奥様が音楽をジックリ聴き、
思うように表現しながら踊ってみてください。
そして、ご主人は、その聞き役に徹し、
彼女がどういう表現を試みているのか
感じ取ってあげてください」
できたら、交代。
お互いがお互いの動きを理解することで、
信頼が高まればなぁということでもある。

が、ココで注意点。
お互いの自分はこう踊りたい!の主張が、
相手に届かないからといって
妥協はダメ!よということだ。
自分の表現を妥協し相手に
(無理やり)合わせて踊る・・・
コレは絶対に避けたいことだ。
忍耐強く、二人ともにOKを探すこと。
ソレこそが、
各自のダンスレベルを引き上げていく
原動力なるからだ。
・・・という考え方も、
レッスン中に、ゼヒ、伝えたいところだ。


ポイントは、

更なるレベルアップした自立を促し、

それぞれの“違い”を理解しあい、

相乗効果を生み出せるよう支援




      続く 第498話へ



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