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チョット中休み エッセイvol.6 

ワルツ・コミュニケーション

~競技用ワルツ? 社交用ワルツ? ②~


イヤハヤ、
今となってはお恥ずかしい話なのだが、
私、プロ試験の勉強を始めるまで、
ワルツとは、
「スタート時、できるだけ勢いを付けて
ナチュラルターン。
そして、スピンターンで美しくも豪快に回転し、
リバースターンでつないで、デッカイホイスク、
優雅にネックを回転し、
で、また、ズバッとナチュラルターン・・
ってな感じを繰り返すもの」
と思っていた次第でありまして、
グレーの小さな教本=今や、なつかしき
“ザ・リバイズド・テクニック”
「勉強しいや」
と師匠から手渡され、
「なんじゃ、こりゃぁ??
全然分からへん!」
大学でやったとおりの順番で踊ることのみが、
“ベーシック”だと思っていた私は、
マジでパニック状態に。
ん?クローズド・チェンジって、
そんな地味なステップあるの?」
「え?ナチュラルターンって6歩なの?」
と、もう、目が白黒になっちゃったんですねぇ。

私はこの時、自分が今まで
“ワルツ”と思っていたものの目線に
かなりの変化を与えなければ、
競技のプロはヤットコサやっていけても、
先生として、つまり
生徒さんに
ダンスを教授していくプロとしては、

こりゃぁ絶対ムリ!

ってなことを感覚的に感じ取ったように思うんだ。

それにしても、
1歩1歩を恐ろしいほど詳しく解説してある、
テクニックブックなんてものが
存在していることにも驚いたんだな。
よーく考えてみれば、
この本の持ってる意義ってすごいでしょ?
これを書いたのはイギリス人の世界チャンプで、
すごくダンスが上手な偉い人。
その人がどんな思いで
この教本を書いたのかは知らないが、
「ココに書いてある通りのことを指針とし、
ちゃんと習得できれば、
世界中の人々と
全く初対面でもワルツが踊れますよ~」

まぁ、言えばそういうことじゃない!?
だから、アンナにも事細かな内容が
記載されているわけであって・・・。
これこそ、

最高のノンバーバル(非言語)

コミュニケーション!!
ってか?

ソウなのだ。
当時は、気づいていなかったのだが、
私は万国に通用するという、
ダンステキストの世界を通し
コミュニケーションとしてのダンス、
もっといえば、

コミュニケーションの

ツールとしてのダンス
ってものの深さに

初めて触れたんだと思う。

そういえば、ズーっと同じリーダーと組み続け、
競技のためのワルツをやってきた私にとって、
コミュニケーションとしてのダンスって
わかるようで分からない世界だったし、
また、分かる必要もそんなになかったのも事実。
なぜって、大学のときも、
ダンスパーティとかはあったけど、
競技の延長でしかなく、
私自身、競技以外の目的でダンスを踊ることに、
ほとんど興味もなかったからなんだ。

でもねぇ、
これからは後輩に教えるのとはワケが違う。
サァ、困ったぞ。
これからやってくるであろう生徒さんに、
勝つことを目的としたワルツではなく、
コミュニケーションを目的としたワルツを
教授しなければならないかも・・・なんだもん。
いや、大半の人がソウだろう。
「ワルツ、教えてください」
その奥に、楽しく、
いろんな人とコミュニケーションできるようにという、
ニーズが必然、含まれているはずだ。
自分自身がほとんど未経験なその世界に、
ジュンコは、
足を踏み入れていくことを余儀なくされていた。
あぁ、そしてそれは
“ダンスホールメトロ”で見たアノ世界なのか。
ジュンコの運命やいかに・・・

ジャジャジャジャーン!!

なぁんて事態にも、実は本人、
全く気がついていなかったんだけれどもね。

でも、何か釈然としない思いが
ずっとずっとあるまんま
競技選手としてのプロと、
ダンスを教授するものとしてのプロを、
実はその区別も曖昧なままに
やり続けてきたように思うんだな。


A級になってすぐ、ロンドンに留学。
ソコで待っていたのが
ワルツ・カルチャーショック第4弾
だったんだ。
「うわぁ、全然違うヤン!
私が今まで踊っていたワルツは
一体何やったんヤロ?」
と思わずにはいられないほどの、
差を見せ付けられ愕然・・・
またまたワルツに対する意識転換を
余儀なくされちゃったんだな。

その意識転換の内容って?
大雑把に言うなれば

ワルツって

音楽表現だったのね


そして、

ワルツって

二人で踊るものだったのね


ってこと。
目からうろこ・・・というには、
お粗末な内容?

ワルツって楽曲でもあり、
そしてカップルダンスでもある
ロンドンで見た
一流どころの競技ダンサー・コーチャーたちは、

競技スタイルダンスとはいえ、

そういう

本質をチャーンと押さえていた

ってワケだ。

というより、むしろもっと高度化された形での

本質の追求がなされた結果

アノ素晴らしいパフォーマンスが

可能となる
・・・ってことを熟知していて、

努力の末、体得、
それをまざまざと見せ付けられたってわけである。

ところが
そんな超重要なことに
せっかく気づかせてもらったのにもかかわらず、
よっしゃ!それじゃぁ、
自分もゼロからスタートするつもりで
「音楽と相手」というダンスの本質に
立ち返りワルツを見直して・・・
とはならなかったんだ。
なぜなら、 
「本質の追求?大切なのは分かるけれど、
そんな勉強を悠長にしている時間などない!」
つまり、音楽に乗って、
相手とただ単に感じあって仲良く踊っていたって
すぐに結果が出るわけがない。
ソウ、競技で勝てないんだ!!
しかし、同時に自分の中から聞こえてくる
こんな声も無視することはできなくて。

「急がば回れ。
砂の上に城を建てることになるぞ」


「今まで踊っていたワルツのままでは、
これ以上絶対に勝つことはできない」


果たして、
その内なる声からの予想は現実のものとなり
悩んだあげく
2回目の留学を最後に、
競技選手は自ら強制終了(?)し、
(第121話参照)
後に残ったのは、
ダンスを教授するものとしての
プロという存在だったんだ。

さて、今から思えばソコからが大いなる
“転機”だったんだな。
ワルツを通して体験した
数々のカルチャーショックが
私に大きな

テーマを与えてくれたのである。

ソレは、

競技スタイルワルツと

社交スタイルワルツの

つながりを知るために

本質を追求せよ!


そして自らも

ワルツを踊る喜びを知れ

                            

      続く 第237話へ


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